豊田市美術館で開催されている櫃田伸也「通り過ぎた風景」展を観に行きました。
櫃田氏の名前と作品は私が高校生の時から知っていました。1982年に大阪のなんば高島屋で開催された「第4回明日への具象展」という、その当時の若手〜中堅の洋画家たちを集めたグループ展で、後年私が入学した美大に赴任して来られたことで出会うことになる渡邉恂三氏や河瀬正幸氏の絵と共に、同展で最も印象に残った絵の一つが櫃田氏の「風景の断片」でした。タイトル通り、身近な風景の断片を抽象化して平面的に構成することで具象とも抽象とも言い難い画面を作っていて、「こういう風景の表現の仕方もあるんだな」と思ったことを覚えています。
豊田市美術館の今回の回顧展では、櫃田氏の大学時代の作品から今年制作された作品まで60年以上にわたる画業の中から、油絵、デッサン、ドローイング、さらには作品制作のために集められた資料やメモなども展示され、櫃田氏の画業の展開や制作プロセスの様子なども垣間見える大変興味深い展示になっていました。
特に80年代以降の油絵では、「通り過ぎた風景」というテーマのもと一見似たような色調・画面構成の絵が並んでいるように見えますが、1作ごとに、(手慣れた技術的なやり方ではなく)感覚のみを頼りにしたかのようなメチエの扱いのバリエーションが絵肌を組織していく様子と、作品間でのその差異を目で追っていくのが楽しくて、時間を忘れて観ていました。
「通り過ぎた風景」とは何を意味しているのでしょうか。絵が、絶え間なく変化し続ける「状況=認識=絵を作るプロセス」の痕跡として現れざるを得ないということなのでしょうか。そうだとしても、その無常感が、冷え冷えとしたものではなく、暖色系を基調として主に円環状に抽象化された要素が構成されつつも、その線や色や絵の具の跳ねや重なりなどが会話し合うようなユーモアに満ちた画面として現れてくるところが櫃田氏の絵画なのではないかなと思います。
展覧会では最後の大作として展示されている「水路のプラン」(2009)では、円環状にではなくギクシャクと横に伸びるように諸要素が構成され、色彩もそれまで以上に軽やかかつ散逸的で、ユーモラスな画面はそのままに新しくも突き抜けた境地を見せていて、凄いなと思わされました。(Y.O.)
