潮江宏三先生特別講座「西洋美術のツボ」season 4 終了


六角舎アートスクールでは、潮江宏三先生(京都市立芸術大学名誉教授・前京都市美術館長)をお迎えし、「西洋美術のツボ」と題する年間6回の連続講座を開催しています。

西洋美術史の泰斗・潮江先生が、西洋美術を見て楽しむための糸口として、文字どおり「ツボ」とも言える特有のポイントに焦点を当てて、解きほぐしていく講座です。

 

昨年秋の「ヴェネツィア派」に引き続き、今回の連続講座 season 4 の3回は「ロココ美術/新古典主義/ロマン主義」についてお話しいただきました。


(潮江先生コメント)

『政治的社会的意味(ブルジョワ市民社会の成立)において、「近代」が成立した18世紀末に起こったロココ美術から新古典主義への劇的な変化を、社会状況との関連の中から読み解きます。ロココから新古典主義へは、政治状況の中で失われたものと新たに産まれたものとの関係を、さらに踏み込んでその絵画史的な意味においての、ことに絵画理論上の問題との関係の中でも浮かび上がらせたいと思います。その後、新古典主義が形成したものが、理論上のアンチテーゼとして「近代絵画」の誕生のベースとなった様相をロマン主義の誕生の意義から解き明かせればと思っています。』


2023年4月16日(日) ロココ美術

 

潮江宏三先生特別講座「西洋美術のツボ」第10回目は「ロココ美術」がテーマでした。

 

先行する芸術様式であるバロック美術との比較から始まり、ヴァトー、ブーシェ、フラゴナールという代表的な画家と、その師匠と弟子筋の作品によってロココ美術を概観しました。

 

貴族趣味的で、悦楽的、ナンセンス的なロココ美術は、私自身これまであまり注目してこなかった時代の美術でしたが、たくさんの画像を見ながら、その画面の中に先行するヨーロッパ絵画(ヴェネツィア派、フランドル派、カラバッジョ、ルーベンス、レンブラントなど)が流れ込み、またその一方で、印象派をはじめとする近代絵画が流れ出している様が見えてきて、ロココ美術はそうしたヨーロッパ絵画の結節点なのかもと思い、意外にも大変興味深く観ることができました。もちろんそのように幅広く見渡せるような潮江先生のガイダンスのおかげなのですが。

 

1789年から始まったフランス革命によって、ロココ美術の担い手たちは力を失い、絵画は次の時代を表象するような様式に変わっていきます。次回(5月)の講座ではそうした時代の絵画について論じていただく予定です。

 


5月21日(日) 新古典主義

 

「新古典主義」の回では、先行するロココや後期バロックからの反動として18世紀中頃に登場した古典主義的傾向の絵画が、ドイツ、イギリス、フランスにおいてどのように描かれ受容されたのかを潮江先生に講義していただきました。
主に、古代ギリシアや古代ローマ時代の芸術を模倣すべしと提唱したヴィンケルマンという批評家が理論的支柱となったとのことですが、他にも、同時期にポンペイの発掘が始まり古代ブームが起こったこと、フランスのエコール・デ・ボザール(パリ国立高等美術学校)における古典主義教育と「ローマ賞」によるローマへの学生の派遣、イギリスにおける「グランド・ツアー」によるローマ旅行の流行などの背景もあって、古典主義が隆盛になっていったようです。
「新古典主義」の絵画といえばまず思いつくのはダヴィッド(とアングル)ですが、今回の講座ではダヴィッドに連なるフランスでの展開以外にも、それにやや先行する形でドイツやイギリスなどそれぞれの国で、ローマでの研鑽をもとに古典主義に基づいた絵画を描いた画家たちの作品がたくさん紹介されました。
(今回の講座ではアングルは登場しませんでした。アングルは次回の講座のテーマ「ロマン主義」の中で、対比的な形で紹介されるとのことです。)
今回の講座では、このような「新古典主義」絵画の紹介に加えて、先行するロココ美術の復習、古典主義が規範とする古代ギリシア美術についての説明、そしてさらにはエコール・デ・ボザールでの古典主義教育の内容についてのことなど非常に盛りだくさんでした。
個人的には、講義を拝聴しながら、18世紀のエコール・デ・ボザールでの古典主義教育が現在の日本の美術教育や芸術の需要のあり方にも残響している様子や、「新古典主義」的な世界観が現在のゲームやアニメやイラスト表現に見られる世界観の原型の一つとして受け継がれているようにも見え、興味深く感じました。

6月18日(日) ロマン主義

 

「ロマン主義」の回では、18世紀後半〜19世紀前半にかけて当時主流であった新古典主義に対抗するような形で、ロマン主義の絵画がどのように生まれ展開していったのかを、主にジェリコーとドラクロアの作品を中心に潮江先生に講義していただきました。また、同時期に新古典主義の絵画を支えたアングルの作品の展開もドラクロアと比較しながら論じられました。
ロマン主義は「近代精神」である、ということを前提として、
1)一般的・普遍的な美のあり方を価値の根拠とする新古典主義に対して、個別性・特殊性に注目し、感受性や主観を重んじて制作されたこと
2)また、元々は文学的/思想的運動から発生しているため、絵画においては様式的な統一性は見られず、表現された内容によって判断されなければならないこと
3)新古典主義が古代ギリシア・ローマを理想としたのに対して、ロマン主義はその思想的源泉を中世に求めていること
であるとし、それらが絵画においてどのように表れているかをたくさんの画像を見ながら理解した2時間半でした。
個人的には、有名な割には(後年の印象派の画家たちにすごく尊敬されている割には)あまり目にする機会のないドラクロアの作品を集中的に観ながら色々と考えられたことが良かったですし、一方でアカデミズム的な権威の象徴みたいに思っていたアングルの作品が実は同時代的には酷評の対象であったことや、アングルの(厳格な写実主義の向こう側に垣間見える)形式的な形態の変形の仕方が例えばピュヴィス・ド・シャヴァンヌの絵に引き継がれているという先生の指摘など(私は最晩年の絵などはバルテュスみたいだなとも思いましたが・・・)もあり、大変興味深い内容でした。(Y.O.)