椎原保展「旅するきいと」/デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で開催中(〜4月7日まで)の椎原保展「旅するきいと」に行ってきました。

 

KIITOは、輸出生糸の品質検査を行う施設として1927年と1932年に建設された大きな西洋風の建築をリノベーションしたもので(現在でもファサードや内部のディテールのあちこちに当時の凝った装飾や味のある器具類を見ることができます)、2012年に開館しました。デザインやアートにまつわるゼミ、レクチャー、展示、イベントを開催するほか、デザイナーが入居しているオフィススペースなどがあります。神戸・三ノ宮から海側へ徒歩15〜20分くらいという立地のためか、まだまだあまり知られていないようですが、時々非常に興味深い展覧会が行われていて、私も注目しているスペースです。(前回は、写真家のロバート・フランクの大規模でユニークな個展が行われていた時に来ました。)

 

今回の展覧会は、美術家の椎原保氏がアーティスト・イン・レジデンスでKIITOに滞在しながら館内を探索したりそこでの人々との出会いを元に制作されたという、広大なKIITOの1階スペースをフルに使ったインスタレーション作品です。おそらくKIITOの中で発見されたのであろう古い調度品や物体の断片がそこここに置かれ、鏡や光、本や言葉が書かれた紙片、ガラスの器物などと組み合わされて関係付けられながら「場」の有りようを顕在化させています。

 

観る者は、その空間の内部を巡りながら会場内に配置されたり吊り下げられたオブジェによって微妙に表情や濃度を変える空間を味わいます。それらの中には、会場を注意してよく観察しないと発見できないほどに細やかに配置されているものもあります。

特に、会場に吊るされたたくさんの鏡が、わずかな空気の流れによって回転しながら互いに反映し合い、会場内のオブジェとそれが生み出す関係の在り方をもゆっくりと変化させていく様子は眩惑的でさえありました。その様子は「華厳経」に書かれている一節を私に思い出させましたが、もう一つ、アンドレイ・タルコフスキー監督の映画「ストーカー」に出てくる、「ゾーン」と呼ばれる未知の力が働く空間をも想起させます。(アンドレイ・タルコフスキー監督の映画の特質については以前、ブログで考察したことがあります。)

 

「ゾーン」は、見た所なんの変哲も無いただの原っぱなのですが、「ゾーン」の力を見極められる特殊な能力を持ったガイドなしでは無事では済まない空間でもあります。そこではその空間に生じる微かな兆しや変化を敏感に感じ取らねばなりません。

ところで、美術作品は何であろうとそうですが、見方、感じ方に「正解」というものはなく、逆に言えば、自分自身が作品の中に分け入って行くことで発見したこと、その全てがその人にとっての「正解」と言えます。作品を見たときにどれだけの「正解」を発見できるかが、自分にとっても作品にとっても大切だと言えるかもしれません。

作品に分け入ってそれを体験することは、「ゾーン」でのそれのように直ちに生き死にの問題につながるものでは無いかもしれませんが、自分なりの「正解」を積み重ねていきながら空間に対する感度を上げていくことは、ゆくゆくは「ゾーン」での振る舞い方(「ゾーン」的な空間は映画の中だけのものではないと思います)に通底していく経験にもなりうるような気がしています。

 

閑話休題。

私が椎原氏の作品を観るのは、80年代に鉄線と石を組み合わせた繊細なインスタレーションによって新たな風景を生み出す仕事を発表されていた頃以来ですが、今回の展覧会では、KIITOの空間が持つ歴史性や物理的な存在感、アーティスト・イン・レジデンスとして滞在中に出会った人々や言葉、また吊り下げられた本の意味性なども重なり合い、様々な位相での造形的な意味の響き合いを感じました。80年代の仕事はミニマルな素材による非常にクールな印象のもので、今回のような(文学的な)意味の重層性はあまり感じることはなかったものの、今回の作品でもその手法の核心部分は一貫しているように感じました。(Y.O.)

 

日時:2019/3/15(金)-4/7(日)

   11:00-19:00 月曜休館

場所:1F

参加:入場無料

主催:デザイン・クリエイティブセンター神戸

〒651-0082 兵庫県神戸市中央区小野浜町 1-4