ピアノ夜話 その2/グレン・グールドのJ.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲」

 

前回のつづきから。
晩年のベートーヴェンは一時期スランプに陥っていたそうです。そのスランプをどのように打開したか、それは偉大なる先人である大バッハの音楽を勉強し直すことでした。その成果は確かに後期作品の中に見られます。例えば前回聴いたピアノソナタ第31番の第3楽章の神秘的なフーガなどに顕著ですし、弦楽四重奏曲第13番には「大フーガ」という破天荒な楽章があります。晩年のモーツァルトもバッハを研究したようです。こうした人たちにとって、バッハは汲めど尽きることのない音楽的な源泉だったのですね。

現在では偉大なる西欧近代音楽の父として神のような扱いのバッハですが、実のところその死後は長きにわたって忘れられた存在であったようです。バッハのような厳格で複雑な形式は堅苦しく古臭いものに思えるようになったのでしょう。市民社会が成熟して、聴衆はより自分たちの身の丈に合ったわかりやすく感情に訴える音楽を求めるようになっていったのです。19世紀になってようやくメンデルスゾーンなどによってバッハが再発見・再評価され、「マタイ受難曲」などが演奏されるようになりました。また、20世紀になってからのカザルスによる「無伴奏チェロ組曲」の発見も有名なところです。
それにしてもバッハは様々な演奏形式での音楽を膨大に書いていて、それだけでも単純にすごいなと思わされますが、その曲の1つ1つが今も古典として輝きを放ち続けているのですから全く恐れ入ります。
でも、その古典に命を吹き込むのは演奏者であり、演奏によってその曲が素晴らしくもつまらなくもなります。
20世紀後半においてバッハ演奏に関して新機軸を開いたのは、有名なところでは声楽作品やオルガン演奏に於けるカール・リヒター、古楽的アプローチに於けるグスタフ・レオンハルト、そしてピアノ演奏におけるグレン・グールドが挙げられるのではないかと思います。

 

 

僕がこのグレン・グールドの弾くバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を初めて聴いたのは、多分1985年のことだったと思います。大学3年生。M先生が学生時代に住んでいた上桂の下宿でのことでした。ある日、2つ上の先輩のM先生の部屋に遊びにいった時に聴かせてもらったのです。
そのころはまだCDは出始めたかどうかという頃であまり一般的ではなく、かけてもらったのは当然黒い塩ビ製のアナログレコードでした。
冒頭の静かなアリアが終わり、第1変奏が始まるや否や最初の1音で飛び上がらんばかりにびっくりしてしまいました。いきなり強い打鍵でうきうきするような曲調に一気に変わってしまったからです。その後、第2、第3変奏へと切れ目なくリズミカルな演奏が続いていきます。なんだこれは?これがバッハ?なんだかジャズピアノみたいじゃないか?
それまでクラシック音楽と言うと、堅苦しく取っ付きにくい音楽だというイメージでほとんど聴こうとしていなかったのですが、こんな楽しくてかっこいい演奏もあるんだなとその時単純に思いました。

カナダのピアニスト、グレン・グールドは生涯2度このバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を録音しています。1回目は1955年のデビュー盤、そして2回目は(その早すぎる)晩年の1981年。それまでのバッハ演奏の常識を大きく覆す革新的な演奏としてセンセーションを巻き起こした1955年のデビュー盤に対して、1981年の新盤はその演奏の新鮮さを損なわずに音楽的に深く円熟した普遍的な演奏です。そしてその翌年、グールドは急逝。まだ50歳でした。そのピアニストとしてのキャリアを象徴する2つの「ゴールドベルク変奏曲」ですが、僕がM先生宅で聴かせてもらったのは81年録音のものです。今ではこの録音はジャンルを問わない鉄板的名盤として、改めて口に出すのもはばかられるくらいに有名なものとなっています。

僕が大学院を修了するころ、CDやCDプレイヤーの値段が少しは安くなって来て、少ないバイト代をやりくりすればなんとか買えるようになって来ました。そんな時、以前聴かせてもらったグールドのバッハが無性に聴きたくなって来たのです。そこで有り金をはたいてCDプレイヤーとこのCD1枚を買いにいきました。1988年のことだったと思います。(このCDは当時3000円くらいしたはず。今は同じタイトルのCDは輸入盤なら1000円しません。)
それ以来この曲を何回聴いたかわかりません。気分のいいときも悪いときも聴いて、絵を描くときものんびりしているときも聴いて、道を歩いているときもバイクに乗っているときも頭の中で鳴らして反芻して、始めのアリアから30もの変奏を経て終わりのアリアまでCDに合わせて口笛で吹けるくらいに覚えてしまいました。こうなったらもう良い演奏だかどうだかは僕にとってどうでも良いことです。もはや友達みたいになってしまったのですから。(Y.O.)

 

(この文章は、松尾美術研究室のブログ "マツオ・アートログ”への2011年4月25日付けの投稿を転載したものです。)