法隆寺・夢殿 救世観音像開扉

昨日は、教えにいっている専門学校の学外授業で、奈良は斑鳩の里にある法隆寺に行ってきました。

「学外授業、どこに行こうか」と学生たち8人ばかりで話していた時に、「法隆寺に行こう」と提案したのは僕ですが、というのも、今、法隆寺では、法隆寺の東に位置する夢殿(東院伽藍)の中に納められている救世観音像の厨子の開扉期間中なのです。(毎年春と秋の2回公開期間がある。今回の公開は11/23まで。)それも今回から夢殿の内部をLED照明でライトアップしているらしい、という話を聞いていて、一度救世観音像を生でみてみたいと思っていたので、ライトアップされてどんな感じでみれるようになったのか、興味津々でこの日のくるのを楽しみにしていました。

昨日は天気がすごく良くて、暖かくて、最高の遠足日和でした。
僕も久しぶりの法隆寺なので、わくわくしながら門をくぐり、そして何はともあれ、夢殿の方へ向かいます。

今年の夏、僕が参加した「絵画のたのしみ」というグループ展(ギャラリー白・大阪)に出品した作品は、この夢殿をモチーフとしたものでした。といっても、夢殿を自分流に大きく改変して描いたものですが・・・。なので、まずは夢殿の形自体をしげしげと眺めます。

いよいよ救世観音像です。夢殿の扉のすき間から中をのぞきます。確かに厨子の扉が開いていて、中にぼんやりと金色のお顔が浮かび上がっています。さらに目を凝らしてみていると、だんだんと目が慣れて来て、全身がくっきりと見えてきました。

救世観音像は聖徳太子の姿を模したものとされており、明治17年にフェノロサ、岡倉天心らによって開扉されるまで、布に包まれ秘仏として封印されていました。この像がどうして作られ、千年以上に渡って秘仏とされて来たのか。色々と謎の多いこの像についてもし興味があるようでしたら、梅原猛氏の著書(「隠された十字架」)をはじめ何冊か本がありますからそれを読んでみてください。僕がはじめてこの像の写真を見たとき、そのあまりに生々しいお顔の表現にぞくぞくし、何やらただならぬ感じを濃厚に感じ取った事を覚えています。

それにしても、これがLED照明の効果なのかどうかわかりませんが、生でみると全身の金色の輝きが印象的です。写真で見ると黒っぽく写っているものが多く、こんなに金が残っているとは思っていませんでした。
暗い厨子の中にぼんやりと黄色く光る救世観音像は、神秘的としか言いようのない存在感です。

今日はとにかく観光客や修学旅行の生徒が多く、大挙してひっきりなしにやってくるので、あまり落ち着いて拝観する事もできず、後ろ髪を引かれる思いで法隆寺メインの西院伽藍のほうへ戻りました。

西院伽藍の中にある金堂の内部もほんのりとLED照明が当てられているようで、以前来た時よりも内部の状況がしっかり見渡す事ができます。ご本尊の釈迦三尊像もはっきり見えましたが、今回は内部周囲の壁に描かれた壁画もかなり見えました。そのうちの一面に描かれた素晴らしい阿弥陀如来像にしばらく見とれていたのですが、残念ながらこれらの壁画はオリジナルではありません。本物は1949年の金堂の火災の際に焼損してしまい、今は、1967-8年に安田靫彦、前田青邨、平山郁夫といった日本画家たちのグループによって制作された模写がはめ込まれています。

 

その後、宝物殿で夢違い観音像、玉虫厨子、百済観音像などを拝観した後、もの凄く精神的な満腹感を感じながら帰途につきました。学生たちも皆満足していました。

やはり法隆寺は良いですね。建物や土壁や道幅など、どれもヒューマンスケールで、原初的な力が籠っていて、あたたかい感じがします。威圧感のようなものがいっさい感じられず、金堂の内部の柱の槍がんなの痕からも職人さんたちのものを作る気持ちが伝わってくるようでした。折に触れて何度でも訪れたいところです。

最後の写真は、夢殿の周りの回廊の柱にとまって身繕いをしていたカマキリです。(Y.O.)

 

(この文章は、松尾美術研究室のブログ "マツオ・アートログ”への2010年11月18日付けの投稿を転載したものです。)