「抽象の力ー現実展開する、抽象芸術の系譜」展 / 豊田市美術館


豊田市美術館(愛知県)に「抽象の力ー現実展開する、抽象芸術の系譜」展を観に行きました。
当日はこの展覧会の企画構成者の岡崎乾二郎氏による講演もあり、そのいつもながらの対象への多面的な捉え方と補助線の引き方のオリジナリティー、そして歴史の細部への目配りのおかげで、このユニークな展覧会への理解を深めることができました。

この展覧会は、豊田市美術館のコレクションを中心に一部外部からの作品を加えて構成し、20世紀はじめから戦後までの、今まで通説とされてきた抽象芸術の系譜を組み替えようとするラディカルな試みです。ただ、展示された作品を一瞥しただけではこの展覧会の意図を理解することは難しいと思います。そのため、カタログに岡崎氏による長い論考が載っています。(カタログに記載の論考は展覧会専用のウェブサイト上でも読むことができます。)その内容は一度に咀嚼できない大きさと多面性を持ちますが、私なりに非常に強引にその要点を挙げれば、

1)キュビスムが抽象芸術の起源とは必ずしも言えず、抽象はむしろ象徴主義や神秘主義、あるいは数学など自然科学の影響下に誕生したこと
2)また抽象芸術誕生の前段階としては、フレーベルらによる幼児教育と彼らによって考案された教育玩具の存在があったこと
3)一般にヨーロッパの芸術運動の模倣あるいは亜流と見なされてきた日本の前衛芸術の運動を、世界史的にとらえ直すことによってその同時代性、先見性を明らかにすること

などが言えると思います。
他にも、ダダイズム、手工芸、女性芸術家、ヨーロッパの中心ではなく”周縁”が出自の芸術家の存在などに注目することによって、現実と直に関わる方法としての抽象、そしてそれが現在も有効であることを明らかにしようとしているのではないかと思います。

講演で岡崎氏は、いろいろな制約があって氏が重要だと思う芸術家の何人かの作品が展示できなかったこと(その中には抽象絵画の”本当の”創始者といえるスウェーデンの画家 ヒルマ・アフ・クリント も含まれていたとのこと)、また演劇や映画などのジャンルを十分にカバーできなかったことを言っていましたが、展覧会の中で網羅できなかった部分の論考は近日中にウェブ上で完全版として公開されるとのことでした。

展示作品の中でとりわけ個人的に観られて良かったと思ったのは、元・「具体」の画家である田中敦子さんの非常に大きな作品です。一番最初の部屋に象徴的に展示されており、しばらくの間近くに寄ったり離れたりしながらじっくりと観ることができて良かったと思いました。
(田中敦子さんの作品は、現在、兵庫県立美術館の常設展示室におけるテーマ展示 "Out of Real"でも、初期のドローイングを含め何点か観ることができます。)(Y.O.)

 

(この文章は、松尾美術研究室のブログ "マツオ・アートログ”への2017年5月15日付けの投稿を転載したものです。)